古唐津に魅せられて-絵唐津、梅花皮(かいらぎ)、斑唐津、青唐津などの古唐津写し茶碗や創作茶碗- 胡蝶楽群遊

井戸茶碗 梅花皮

茶碗について

茶の湯の世界では、一・井戸、二・楽、三・唐津などといって唐津茶碗を珍重する風があるようです。
茶碗は、茶を点てる前と後とでその表情がすっかり変わります。茶碗を手にすると、「唐津茶碗の魅力」や「茶碗の良さは使ってみて始めてわかる」といわれる所以を実感することができるでしょう。

写真は、井戸茶碗写し.

最新作

茶碗作品集

絵唐津茶碗 鬼板 鉄絵 唐津焼絵唐津茶碗「絵唐津」とは素地に「鬼板」で、陶工の身近にある草、木、花、鳥、人物などを、指や筆で文様を描いたもので、上から「長石釉」や「灰釉」などの透明系の釉薬をかけたものものになります。
「鬼板」とは、褐鉄鉱のことで、主な産出地である瀬戸地方では鬼瓦のような形状で産出されるので、鬼板と呼ばれているそうです。
この鬼板で書いた図柄のことを「鉄絵」というそうです。

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黒唐津茶碗 窯変 灰釉黒唐津茶碗「黒唐津」とは、黒釉(鉄分を多く含んだ木灰釉)をかけて焼いたもので、鉄分の量や成分により、黒・飴・柿色などに発色するそうです。

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斑唐津茶碗 藁灰釉 唐津焼斑唐津茶碗「斑唐津」とは失透性の藁灰釉をかけたもので、全体が乳白色の表面に粘土の中の鉄分や燃料の松灰が溶けだし、表面に青や黒の斑点ができやすいところからこう呼ばれます。一名を白唐津ともいいます。

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粉引唐津茶碗 白化粧 唐津焼粉引唐津茶碗「粉引唐津」とは、褐色の粘土を使い、素地がまだ生乾きの時に白色の化粧土を全面に掛けて乾燥させた後、長石釉や木灰釉を掛けたものです。

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梅花皮 井戸茶碗 無地唐津井戸茶碗 梅花皮(かいらぎ)茶碗「梅花皮」とは、土と釉薬の収縮の差からうまれ、「釉薬が 粒状に縮れた状態」をいいます。

名前の由来は、刀の鞘に用いられる鮫皮の一種を、本来梅花皮と呼び、粒状の表面が似ているところからの呼び名のようです。

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灰釉茶碗 唐津焼灰釉茶碗「灰釉(かいゆう)」とは木々や藁(わら)の灰を原料として釉薬を作り、 それらを掛けて焼かれた焼き物のことです。 釉薬そのものを指して呼ぶこともあります。

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無地唐津茶碗 梅花皮 灰釉 唐津焼無地唐津茶碗「無地唐津」とは、長石釉や土灰釉を素地にかけ、文様はなく、釉たまりを作って景色を表したものをいいます。

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創作茶碗 唐津焼の陶芸家 胡蝶楽群遊昨創作茶碗「主に窯変を目指した作品創りを行っています」「窯変」とは文字どうり、窯に入れた時の火の具合によって、通常の釉調とは異なる反応がおきる自然な色の変化を指します。
そのため、一点毎に焼き上がりの色合いは異なり、全く同じものは二つできないことになります。

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柴の戸に茶を木の葉掻く嵐かな ばせお

松尾芭蕉は、青雲の志を持って江戸に下り、ついに延宝8年(1680年)冬、37歳の時、念願の俳諧師匠として立机(俳諧、連歌の世界で宗匠と認められ、その文台を与えられること。)したものの、この 文芸の世界も金と名誉欲の渦巻く俗世界そのもののであった。絶望した芭蕉は、9年の江戸市中の生活を捨ててここ深川の草庵(後に芭蕉を植えて芭蕉庵となる)に隠棲してしまった。その時の、世間に対する決別の辞がこの一文。この時点ではまだ「芭蕉」を名乗っていないため「ばせお」としている。

俗塵を廃してここ草庵に隠棲してみれば、茶を入れてくれようとてか、一塵の嵐が焚き付けにと木の葉を運んできてくれることよ。

松尾芭蕉